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広島高等裁判所 昭和34年(ラ)8号 決定 1961年5月26日

抗告人 高橋輝雄

訴訟代理人 原田香留夫

相手方 高橋ユキヱ 外二名

主文

原審判を取消す。

本件を広島家庭裁判所呉支部に差戻す。

理由

抗告代理人は「原審判は相手方高橋清之に対する部分を除きこれを取消す。本件を広島家庭裁判所呉支部に差戻す。」との決定を求め、相手方高橋ユキヱ、同吉川菊枝は抗告棄却の決定を求めた。

本件抗告の理由は別紙のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、抗告人は原審判の申立人中高橋清之に対しては抗告の申立をしなかつたが、本件原審当事者全員の共有に属する遺産の分割を求めるものであり、性質上合一に確定さるべき事件であるから民訴六二条の趣旨に準じ、相手方高橋清之の関係においても抗告の効力を生じたものである。

二、原審判は家庭裁判所が遺産の分割を適正に行うがためには遺産の範囲に争のある場合にこれを確定することは、当然の前提として必要なことがらであるから家庭裁判所が遺産の分割の審判を行うに際しては当事者間に争のある遺産についてその範囲を確定することができるとの見解に立つて、抗告人が買受け又は自らの費用で新築した抗告人の個人所有の財産であつて何れも遺産に属しないと抗争する原審判添付別紙第二目録記載の不動産並びに同第一目録記載の家屋番号第二五六番の二の家屋につき証拠に基いて遺産に属するものと判定して抗告人の右主張を排斥し分割審判をしたことは原審判の判文上明かである。

三、前記のような特定の財産が遺産に属するか否かについて争のある場合に家庭裁判所が遺産に属するものと判定して分割の審判をなしうるか否かについては議論のあるところであるが、当裁判所はこれを消極に解すべきものと判断する。

即ち(1) 家庭裁判所も下級裁判所の一つとして民事に関して特定の裁判権を有することは勿論であるが、同じく民事に関する事件であつても、私人の保護、助成ないし監督という国家の目的を達成するために裁判所が国家機関として有する形成機能を発動して、私人の権利関係の変更にのり出すのが非訟事件であるところ、民法九〇七条が家庭裁判所に委ねた遺産の分割の審判とは正にかくの如き権能に基くもので非訟事件たる性質を帯びるものであることは、家事審判法九条乙類一〇号の規定と同法七条が審判につき非訟事件手続法を準用し、家事審判規則六条以下が審判手続を非公開とし、職権による事実調査、証拠調を行うべきものとしているところからしてこれを了するに難くないところである。これに対し前記のような当事者の主張する権利の存否又は所属についての事実的、法律的判断をなすこと即ち訴訟的事項は公開主義、双方審訊主義、口頭主義、弁論主義、自由心証主義等の原則によつて支配される民事訴訟手続によつてなさるべきであつて、性質上非訟手続に親しまないものというべきである。(2) 右の趣旨に従つて民法九〇七条を見れば、同条が家庭裁判所の管轄とする事項は、遺産であることの明かな財産について分割方法のみにつき協議ができない場合に、その協議に代るものとして、分割方法を決定することの範囲にとどまるものと解するのを相当とする。積極説は家庭裁判所は遺産の範囲について審理をしなければ分割の審判をすることができないということを論拠の一つとしている。しかし遺産分割の審判は形成的裁判であつて、その形成力を生ずるためには、その審判の対象となる財産が遺産であることを要するのである。若し或る財産に対する権利の帰属について争があり、それが遺産に属するか否か明でない場合に、遺産分割の審判手続においてその財産を遺産に属するものと判定して分割の審判をしても、審判には既判力がないから、別途に民事訴訟手続においてその財産が遺産に属しない旨確定された場合には、前になされた遺産分割の審判はその財産に関する限り形成力を生じ得ないことになるべく、延いてはその他の遺産についてなされた分割の審判は不適正のものとなる虞がある。従つて家庭裁判所は、遺産の範囲について争のある場合、すなわち第三者が遺産なりや否やにつき争う場合のみならず、共同相続人間において遺産の範囲につき争のある場合においても、先ず遺産であることに争のない財産のみにつき分割の審判をなすか或は民事訴訟手続によりその争ある財産に対する権利の帰属の確定した後に遺産全部につき分割の審判をなすべきものである。即ち遺産の範囲につき争のある場合には争のある権利の帰属を終局的に確定することは家庭裁判所の権限に属しないというべく、従つて家庭裁判所が争のある遺産についてその範囲を自ら判定して分割の審判をなすことは、違法といわねばならない。(3) 積極説に従えば審判に既判力がないところから、審判に不服ある者はその確定の後に更に遺産の範囲について民事訴訟を提起して争いうるのであるから、審判は訴訟による最終結果の判明するまでの一時的、仮定的な判断たる地位にあるというのである。しかし一時的、仮定的にせよ権利の帰属を確定するものである以上その審理は当然詳細鄭重に行わざるを得ざるべく、斯くては簡易迅速な処理を主眼とする審判手続の趣旨に反するばかりでなく、民事訴訟手続の外に屋上屋を重ねて更に審判手続を認めることとなる。しかもかくしてなされた審判における判断と民事訴訟によりなされた判断とが相反する結果を招来する好ましくない場合も生じ、積極説が論拠とする事件の迅速な処理ということも所期し難いこと多言を俟たない。

四、以上の理由で原審が本件において遺産であることにつき争ある財産についてもこれを遺産であることと判定しこれが分割の審判をしたのは結局職分管轄に違背し違法たるを免れない。本件抗告は理由がある。

よつて家事審判規則一九条一項に従い主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 河相格治 裁判官 松本冬樹 裁判官 原田博司)

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